「記述はまだ早い」という逃げが、国語を一生できなくする①


【第1回】「記述はまだ早い」という逃げが、国語を一生できなくする

「開成などを目指せる子向けの内容なのかと思っていました」

「うちの子は、東大志向の国語のステージじゃないので」

――こう言われることがあります。

では、いつになったら記述をやるのでしょうか。

選択肢や抜き出しに逃げて、字面を目でなぞって、点数だけを掠め取る国語のままで、本当にいいのでしょうか。

今回は、「キジュツバはうちの子にはレベルが高いのでは?」という疑問に、正面から答えます。


記述は「できる子専用」ではない

まず前提として。キジュツバは、決して「賢い子だけの教材」ではありません。

実際にデータを取ってみると、四谷大塚で偏差値30台だった小5の子が、50前後まで伸びたケースもあります。

つまり、「一定以上のレベルに達してからやる教材」ではない。むしろ逆です。

「そこまで激ムズじゃない」「万人がやった方がいい」――そう言い切れます。


ほとんどの人は「読んでいない」

他の動画でも言っていますが、多くの人は「読んだつもり」なだけです。

日本語の文字を最後まで目でなぞったから「読んだ」と言っている。でも、理解していない。

選択肢問題や抜き出し問題は、その「理解していない状態」を誤魔化せてしまいます。

  • ア・イ・ウ・エの4択なら、読んでなくても25%で当たる
  • 抜き出しも、字数を頼りに探せば“まぐれ当たり”が起きる

するとどうなるか。

「当たった」「なんとなく分かってた」――そう錯覚してしまう。


国語の点数は、国語力ではない

ここを勘違いしている人が多い。

国語のテストは、まぐれで点が取れます。だから、点数がある=国語力がある、ではありません。

長年国語を指導してきましたが、ちゃんと読んでいるのに国語ができない人は、ほぼいません。

できない人は、たいてい「ちゃんと読んでいない」。そして、「ちゃんと読むとは何か」を知らない。


「分かってるなら書けるだろ?」が本質

東大も開成も、基本スタンスは同じです。

「本当に分かってるなら説明できるはずだから、書いてみろ」

これは難関校だけの話ではありません。本質です。


子どもが目覚める瞬間は「うっ……」のとき

私は子どもにこう聞きます。

「読んだ?」――ではなく、「説明してみて。理解したなら書けるはずだから、書いてみて。」

すると、子どもは「うっ……」「ええええ……」となる。

その瞬間に初めて、自分は理解していなかったことに気づき、「これどういうことなんだ?」と本気で考え始める。

多少不格好でも書こうとするだけで国語力は伸びます。書くという行為は、自分の中から言葉を生み出す能動的な思考だからです。

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