国語必勝法「非常識な知識」とは?(前半)
国語必勝法「非常識な知識」とは?(前半)
この動画で伝えたいこと
皆さんこんにちは、なるちゃん星人です。ナルシストの星からやってきました。ここは、なるちゃんこと濱崎亨の塾、浜崎アカデミーです。
今回のワンポイントアドバイスのテーマは、「国語の必勝法は非常識な知識」。 特に現代文をできるようにするうえで、才能の有無に関係なく効くコツの話です。 逆に言えば、どれだけ才能があっても、ここを押さえていないと点が取れなくなります。
まずは「説教」から:なぜみんな見ないのか
ヘビーユーザーの皆さん、いつも動画を見てくれてありがとうございます。 私は数字も結構チェックしているのですが、ある動画の視聴回数が象徴的でした。
例えば、2023年5月25日に出した「現代文必須知識 キリスト教・科学革命・近代合理主義について解説」という動画。 これは授業で話した内容をそのまま録画して出したものですが、再生回数が57回と非常に少ない。
「見る・見ないは自由」ではありますが、数字は皆さんがどこに関心を持っているかのバロメーターです。 多くの人が「こういうのは別にいいや」とスルーしているわけです。
しかし、はっきり言うと、そういう姿勢だから国語ができないのです。 私はかなり勉強してきた人間なので、「だから君たちはできないんだよ」と説教する権利はあるつもりです。ただ、やりすぎないように気をつけています。
「非常識な知識」とは何か
国語、特に現代文や説明的文章は、「非常識」なことが書いてあるからこそ出題されます。
当たり前のことだけを書いた文章は、出題する価値がありません。 「それ、誰でも当然そう思うよね」という話には、読む意味がないからです。
入試でよく扱われるのは、
- 「皆さんはこう思っているでしょう? しかし実は…」と常識をひっくり返す話
- 「当たり前だと思っている前提を疑い直す話」
例えばダイエットなら、 「食べなきゃ痩せる」というのは多くの人の常識です。 そこに「実は、食べた方が痩せることもある」と逆説を出してくると、人は「え、どういうこと?」となり、文章として成立します。
入試の現代文は、こうした「常識の反対側」が頻繁に出てくる世界だと知っておいてください。
よく出る非常識①:日本 vs 海外
代表的なパターンの一つが「日本と海外の比較」です。
日本で生きている私たちは、日本社会の常識・振る舞い方・「正しい」とされる行動を、無条件に当たり前だと思い込んでいます。
しかし、よく言われるように「日本の常識は世界の非常識」。 欧米の個人主義社会と比べると、日本の「空気を読む文化」「みんなと同じであることを求める文化」はかなり特殊です。
例えば:
- 日本:村社会的・集団主義。皆と同じ行動を取るのが安心。
- 欧米:個人主義。多少おかしな行動でも、他人に迷惑をかけなければ「愚行権」=愚かなことをする権利が尊重される。
日本では「みんなマスクしているのだから、あなたもマスクをしなさい」と空気で同調を求めますが、 欧米では「マスクしたくない」という個人の選択が前面に出て、ルールで罰則を設けない限り徹底されにくい、という違いが生まれます。
このように、海外という鏡で日本を見ることで『日本の常識は当たり前ではない』と気づかせる文章がとてもよく出ます。
また、日本と中国をまとめて「東洋」、ヨーロッパを「西洋」として、 東洋型と西洋型の価値観の違いを語る文章も定番です。
よく出る非常識②:現代 vs 中世(歴史との比較)
もう一つ頻出なのが、「現代と過去(特に中世ヨーロッパ)」の比較です。
私たちは、現在の価値観——たとえば
- 民主主義
- 国民国家(日本人には日本という国がある、という感覚)
- 芸術・芸術家という概念
を「ずっと昔から当たり前にあったもの」のように感じていますが、これはほとんどが近代以降の考え方です。
例えば:
- 日本の民主主義が制度として始まったのは、帝国憲法と帝国議会の時代(まだ約130年ほど)
- 「フランス人」「ドイツ人」という国民国家の感覚も、実は近代以降の産物
- 芸術家や美術館という概念も近代以降で、昔は「腕の良い職人」に近かった
こうした「現代がどれだけ特殊か」を歴史と比較して示す文章も、現代文で頻出です。
