国語嫌いの最後の福音!問題集を解かなくても伸びる極秘術
東大出身の国語指導のプロ「なるちゃん」が、従来の常識を覆す国語学習法を公開。実は問題集を解くよりも効果的な方法があった―。僕自身が「伸ばせなかった子」を伸ばせた、この1年で確信した指導法をお伝えします。
まず、常識を疑おう
そもそも、国語の問題集を解くことが本当に国語力を伸ばす勉強なんでしょうか?
算数はね、算数の問題を解くことがやっぱり勉強だし、算数の問題解けないといけない。ただね、国語の問題っていうのは、あくまでも国語力を測るために試験をしてるんですけど、じゃあ国語の問題集を解くことで、果たして国語は伸びるんでしょうかっていう、もうそもそもの話。
サッカーの例で考えてみよう
これってサッカーの練習で言うとですね、ずっと試合形式の練習だけしてるような感じなんですよ。
もちろんそのサッカーの試合の形式でね、培われる能力もあるし、まあ何かやってるうちに自然といろんな技術が身についたりもすると思うんですけど。でも、ちょっと立ち止まって考えて欲しいんですけど、ずっと試合形式の練習ばっかりしたら、1回立ち止まって、「なんかちょっと待って、試合形式だけじゃなくてさあ」って、「シュート練習やらない?」とかね、「パスの練習しない?」とか、あとはまあ「セットプレーに絞った練習しない?」とかね、あとはそれこそ基本的なトラップの練習したり、リフティングの練習したりみたいなね、そういうものもいっぱいあるじゃないですか。
野球もずっと紅白戦ばっかりやってたら上手くならないですよね。紅白戦もやらないと上手くならないんだけど、試合形式も要るんだけど、やっぱり素振りをしたりとかキャッチボールしたりとかノック受けたりとかね、あるじゃないですか。
**日本の、特に学習塾での国語の授業っていうのは、問題集ができれば国語ができると評価してもらえる、じゃあ問題集やればいいっていう、短絡的な思考に入ってて、**じゃあその問題を解けるようになるための本来の国語力、読解力がどうやって養成するんですかっていうのが実は抜け落ちてたんじゃないかなっていうのが、僕の今までの考えです。
結論:書けばいいんです
「じゃあなるちゃんよ、お前、『問題集解くだけが勉強じゃないよ』って言うんだったら何をやればいいんだ」っていう話になってくるんですけど、これですね、結論から言うとですね、書けばいいんですよ。
で、書くっていうのは、記述問題を解けっていうことかって思うじゃないですか?そうじゃないんですよ。僕の考える記述っていうのは、もう自由な記述。
なぜ「書く」なのか
国語できない連中ってもう、皆んな日本語ができないですよ。日本語の文法を分かってないんですよ。日本語が操れないんですよ。
だから日本語が操れない人に、そもそも日本語が上手に操れた人が書いてある、起承転結のなんか段落があって接続詞があって複文になってみたいな文章は読めないんですよ、実ははっきり言って。それ以前のレベルなんですよ、大半の人は。
実は「ちゃんと読んだ」「ちゃんと理解した」っていう風に答えてる連中のほとんどがですね、「最初から最後まで字を目でなぞりました」っていうだけなんですよ。
だから、僕の国語っていうのはいつも言ってるように、「じゃあ本当に理解してるならこれ答えてみろ」って言って、理解してないと答えられないような記述問題出して、「えっ」ってなって、「だって、理解してるんだったら答えられるだろう?」って言って、実は今まで思考してなかったね、考えてなかったで、ここで初めて気づかされて、思考させるんですけど、これもね、あるレベルの子じゃないと通用しないんですよ。
具体的な方法:日記を書かせる
僕は最近いろんな子にやらせてるのは、とにかく身の回りで起きた出来事とか、まあこんなことがあったらでいいから日記を書いてくださいっていう風に色んな子にやらしてるんですよ。
まあ勉強の日記でもいいし、日々の生活のハイライトの日記でもいいし、なんか面白いある子なんかはね、なんか姉ちゃんの悪口をいっぱい書いてたりとかね。
書けない子には悪口を書かせる
本当に書けないっていう子にはね、悪口書かせるんですよ。ちょっとその子供の心をね、ちょっと救ってみようと思って。全然勉強できない子なんですよ、できない子なんだけど、「ちょっとお母さんの不満書いてみたら」って言ったら、もういっぱい書くんですよ、わーって。
最初の日記はこんな感じ
だいたい国語できない子の作文とか日記ってね、まあ稚拙なんですよ。
例えばなんか「お母さんはわがままだ」とかしか書いてなくて、**「どうわがままなの?」**とかね。
とか「お母さんは理不尽だ」って書いてあって、まあ「理不尽」の言葉を使える子は国語力が高いんだけど、**「えっと、どう理不尽なの?」**とかね。
「お母さんは約束を守らない」とか、何々、「言ってることがやってることが違う」とか書いてある一文でね。まあそれはそれで憎しみこもってるんだけど、**「どんなことを言っててどんな風にやってるの?」**とかね。
「お母さんすぐ僕を人と比べる」ってこないだ書いてあったから、**「え、誰とどう、どの点でどんな風に比較された?」**ってこないだ質問して書いてもらったんですけど、そしたらまあワーっていっぱい書いてくるんですよ。
日記も同じ
なんか「体育祭があった。楽しかった」って、**「まあ体育祭どんな競技があった?君は活躍したのはしてないの?どういう時楽しかったの?」**とかね。
うん、なんかもう最初短いんですよ。「どこどこに遠足行きました。とても良かったです」みたいな。**「待って待って、どんな遠足だった?何が良かった?君はその遠足の最中、どんな出来事あった?」**っていう風にまあやってくんですけど。
これが国語力そのもの
はっきり言ってね、そこに書かれてる文章の内容の質がもうその子の国語力ですよ、はっきり言って。
だから、それは何て言うんだろうな、書いてないんじゃなくて、そこまで書こうっていう頭もないし、そこまで書く能力もないんですよね。ただ、それは僕が今のように5W1Hを質問してね、引き出してあげることによって、どんどんどんどん、実はその人の日記の内容が濃くなっていって、日記が太くなってくるんですよ。
驚くべき効果
そうするとね、なんかその子達って、次からもうちょっとなんか密度の上がった、例えば運動会だと「運動会した。かけっこでは3位だった。とても楽しかった」みたいなね、ちょっとワンランク上がってくるんですよ。
で、だんだんその日記のラリーをしてって、日記の質が上がっていくとね、ほんとすごかったよ。最初はね、3行とか4行だった子もね、最近、海外の子なんですけどね、なんか1日の日記が3ページぐらいになる子がいたりするんですけど、まあね、面白いくらいに伸びるんですよ。
なぜ日記が効くのか
結局、国語っていうのは実は言語ってあの、かなり複雑なシステムであり、理屈の塊であり、いろんな構成が結びついてて、それを操れないといけないんですよ。
で、結構僕たちってその普段歩いてたら「母さん、茶」とかみたいな感じでですね、「お母さん、お茶をいただけますか?」みたいなちゃんとしたセンテンスを実は喋ってなかったりするんですよ。僕たち日本語を使いこなせるネイティブは、実は超低レベルな単語レベルで意思疎通するみたいな、「あれやろうやー」みたいな、そんなことで、実は日常のコミュニケーションが成り立ってしまってるので、実はね、「今からね、校庭に行って一緒にドッジボールの対戦をしませんか?」みたいな長い文章って意外と話し言葉で喋らないんですよ。
で、そんな人間がですよ、そもそも複雑な、色んな単語が絡み合って接続詞も入ってきて、長い文が読めるわけないんですよ。
書くことで逃げられなくなる
それを「読め読め」って言って言っても、結局読めない、能力がないから、まあ字を目でなぞって終わりなんですよね。でも、でも一応それは逆に言ってしまえば、字を目でなぞってなぞったふりができちゃうんで、自分はできてないってことを認識せずに逃げちゃうんですよ。
それよりも「書いてみろ」って言ったら逃げようがないんですよね、実は。
そいつはそいつなりにそこで生み出して、そこで繋ぎにクリエイトしてるんですよ。だからそこで初めて日本語を操ってるんですよ、自分で主体的に。それをさらに僕によってブーストかけられて、「今日は運動会があった。なんか朝はちょっと雨が降ってたけど、不安だったけど、なんとか天気はもった。僕は足が遅いのでかけっこがすごく嫌だったんだけど、今日は頑張って走ったら3位になれて、でも3位でも自分にとってはなんか大きな勲章だった」とかみたいに書くようになってくるわけですよ。
書けるようになると読めるようになる
やっぱりそういう風に言葉が操れるようになってきたら、面白いもんでね、書けるようになってきた人間ってのはね、読めるようになってくるんですよ、これが。しかも見違えるようになってくるんですよ、本当に。
例えば、まあ違うかもしれないけど、サッカー漫画読んで熱中できるのってサッカーやってたことある人の方がなんかより分かるから、「こん時のディフェンダーの気持ちはな」とか、「そうそう、ストライカーってこういう時はな」とかあるじゃないですか。やっぱね、やる側に回った方が逆にその見るものもね、変わってきたりするんですよ。
実例:伸びなかった子が伸びた
実際僕がね、僕が授業をして教えてなくてできない人で、まあ正直言います。中には全然伸びない人もいました。ええ。
で、そういう子、別に手を抜いてるわけじゃなくて、どうも響かないなっていう人に去年ぐらいからですね、**「じゃあもう最後の手段だけど、これなんかいっそ書かす方からやってみようか。読むこと捨てて書かす方からアプローチしてみようか。」**っていうのでやってみたら、爆伸びしたっていう子がいて。
具体例①:去年の冬から日記指導
やる気はあるし、サボってはないんだけど、どうもなんかね、僕の刺激が効いてないみたいな感じだったんで、「じゃあもういい、お前、国語の問題はやんなくていいから、日記書け」と。
本人顔がガーンってなってね、すごくつらかったみたいなんですよ、最初に日記書くことが。きつかったんだけども、「なぜなら今から日記を書かないといけない。日記を書くことは本当に辛い」みたいな日記を書いたこともあるんですけど、まあそれでも頑張って書いてくれて。
**その子の授業って今年の冬ぐらいはもう問題集一切やってないんですよ。**書いた日記に関して「ここどういうこと?それ今からもう書き足して」とか、「ここどういうこと?」とか、「ここもっと説明して」とかっていうのを延々書かしていくみたいな。で、その方がどんどん手が動くんでね、授業の取れ高が増えていって、なんかあれよあれよっていううちにね、できるようになってきたんですよ。
具体例②:小5、算数はできるが国語だけできない子
今もね、小5の子でね、算数クソできるんだけど、国語だけできなくて「見てくれ」って言われて見てる子います。国語さえできれば聖光でも何でもいけるみたいな感じらしいんですけど、これはね、なんかね、何回言ってもね、文章中の言葉を切り貼りするコピペ野郎みたいな脳になっててですね、「伸びねえなあ」と思ったんで、**ちょっとこの秋ぐらいからね、授業で半分ぐらいは日記の指導に当てるようにしたらね、**なんかね、書く記述の質がね、「あ、こいつ本当に考えてるわ」みたいな、「いいの書くじゃん」みたいな感じになってきて、成績がちょっと変わってきたんですよね。
時事問題対策との組み合わせ
先日ね、「あなたの意見を書きなさい」入試と時事問題の同時対策する方法っていうのを喋ったんですけど、実際にもう生徒とやってます。
小6の実例(普天間問題)
普天間問題について書いてきたものに対して:
[生徒の作文] 「普天間問題とは、普天間飛行場の移設についての問題で、内容は、多発する米軍基地に関するトラブルを減らすため、住宅街にある普天間飛行場を辺野古おきに移設しよう、とすることについての問題である。」
[なるちゃんフィードバック] 「どのようなトラブルがあるか?」
[生徒の作文] 「県に米軍基地を残し、定着化させるかもなどの地元の意見と」
[なるちゃんフィードバック] 「これが違うはず。沖縄の人は基地が沖縄ばかりにあることが不平等だから、県外に移設してほしいと思っている。もちろん、基地が雇用を生むので維持したいという意見もあるが。」
この子の凄いところ
またこれ次この子、物価高について書いてくるんですよ。自分の意見まで入れてくるんですよね。これすごくないですか?ロシア産LNGとかね、普通に令和のコメ騒動とかね。しかも物価高をウクライナ情勢と絡めたりもしてるし、実質賃金っていうね。「実質賃金」「名目賃金」この子使い分けているわけですよ。小6ですよ、小6。
**もうほんとね、このぐらい書いて、本当言ってから1週間ですよ、この子。**もうなんか、多分そういう時事問題の本買ってね、自分で読んで、で、多分絶対写してないんですよね。写さずに自分で吸収したものを描いてるから、時々ちょっとした勘違いもあるんだけど、すごいですよね。
何を書けばいいか
感情が乗るものがベスト
やっぱ感情が乗るものですね。だから、とても好きでたまんないものか、とてもとても憎たらしくてたまらないものを書いた方がいいと思います。
うんだから塾への不満だとかね、なんかそれこそやっぱり何、母親への不満だとか、父親への不満だとかでもいいし、学校でムカつくあいつがいるからそいつらの不満でもいいし、逆に男の子とかだったらポケモンが好きで好きでたまらないとかって言うんであれば、**「あなたの好きなポケモンベスト5を説明してください」**とかでもいいと思います。
YouTubeや漫画でもOK
別にYouTubeが別にテレビでも構わないし、別にテレビの代わりに「じゃあこの漫画1冊読んでいいから、その代わり読んだらこのね、漫画のあらすじについて書いてみろ」でも全然構わないし。
**ちなみに僕の作文教室も作文を書いてるんじゃなくて、自由に書いてもらってるんで、**なんかもう好きな漫画とか持ってきてもらって、「で、その漫画を知らない人に説明するつもりで書いてね」みたいな感じで僕結構引き出すんですよ、実は。
大事なのは量
**たくさん書くことが1番伸びる源泉なんで、書いてる内容なんて何でもいいですよ、本当に。**あのね、品行方正な、先生に褒められるものを3行書くよりもですね、なんかもう憎しみの言葉でもいいから100行書いた方が国語力伸びるんですよ。
重要:書きっぱなしはダメ
書かせっぱなしもダメなんですね。書かせっぱなしだと成長がないから。書いて、フィードバックがあって、さらなる書き足しをすると伸びます。
ただ、親子でやるとね、「ここがわかんない」「ここが足りない」って、なんかそのね、算数だったら「ここをもっと考えてみてよ」とか、「これどうなの?」って話でアドバイスなんですけど、国語の指導ってね、親子でやるとね、拗ねちゃうんですよ。問い詰めになっちゃうんで、親に問い詰められたら「ムカつくわ」ってなっちゃうんで、なかなか親子でこの指導ってね、感情が飛び交って難しいんじゃないかなと思うんですけどね。
一言でまとめると
もう一言で言うと、まあもう今日の僕の話の骨子って、その気になれば30秒で言えるんですよ。
「国語の問題集解いても伸びないから、それよりも自由に日記とか作文書いて、それの不足部分を誰かに指摘してもらって、どんどんどん、それを書き広げていく勉強したら国語は伸びる」
っていうだけです。
最後に
だって、今までやってきて、できなかったでしょ。同じやり方しても多分どうせ伸びませんよ。
たくさん書かせて。書かせっぱなしもダメなんですね。書かせっぱなしだと成長がないから。書いて、フィードバックがあって、さらなる書き足しをすると伸びます。
ということで、国語、実はこんな風に伸びるよって話でした。
