「塾長の話は、才能がある人だけの話だと思っていました」教え子が体験記に書いた一文
これは、私がうまく教えられなかった生徒の記録です。
彼の合格体験記に、こんな一文があります。何も書けない授業が続くこともあった、YouTubeの塾長の話は才能ある一部の人だけの話かと思いました——本人がそう書いています。
読んでいて、そのとおりだな、と思いました。私は彼の国語を伸ばせていませんでした。
本日公開の動画では、彼とお父さんが書いてくれた体験記を読み上げながら、そこで何が起きたのかを話しています。
算数は伸びました。国語だけが動きませんでした
彼が日能研に入ったのは小3のとき。当初は国語も算数も偏差値70でした。それが5年生になる前あたりから65くらいに下がり、特に国語の記述での失点が目立つようになった。それをなんとかしたい、というのが浜崎アカデミーに来た理由です。
入塾は小5に上がるタイミング。そこから丸2年のお付き合いになりました。
算数は、わりとすぐに動きました。解法を自分の言葉で説明するやり方がハマって、65から70くらいまで戻っています。6年生でもう一段強化して、70前後で安定しました。
問題は国語です。5年生の秋から私が担当しましたが、動きませんでした。
レスポンスが返ってこない授業
正直に書きます。私は国語を教えるのが得意だと言っている人間ですが、彼には効きませんでした。
オンラインの画面越しということもありました。ただ一番の問題は、これを書いてね、と出したものへのレスポンスが遅いことでした。一人で悩んで書けない。時間だけが過ぎる。結局、出てくる成果物の質が低いので、それに対するフォローも十分にできない。
その繰り返しでした。
彼の体験記にある「何も書けない授業が続くこともありました」というのは、こちら側から見ても、まったくそのとおりの光景です。
一か八かで、日記を書かせました
ちょうど同じ時期に、海外にいる小3か小4の女の子に日記をゴリゴリ書かせて添削したら、見違えるように良くなった、ということがありました。
もともと、書くことに特化すれば伸びるだろうという感触はありました。そこで彼にも、最後の手段として言いました。
問題は読まなくていいから、書いてみろ。
ただ出させるだけではありません。書いてきたものに対して、ここが足りない、運動会が楽しかったならその何が楽しかったのか、どんな競技をやったのか——そうやって、どんどん言語化させていきました。
国語の本質は、言語化です
なぜ書かせるのか。
人が書いた文章を読むのは、実は理屈を理解していなくてもできてしまいます。字を目でなぞることはできるからです。
でも、自分で書く文章は違います。自分の頭の中でちゃんと考えて、こうでこうだからこう、という理屈を作らないと、一文字も出てきません。
だから、質のいい文章が書ける人が、文章を読めないということはありえないんです。
順番が逆なんですね。読めるようにしてから書かせるのではなく、書けるようにすると読めるようになる。
白紙が減りました
日記を始めてから、彼はこう書いています。文章を考える作業が苦ではなくなり、記述で白紙になることが減った、と。
6月か7月ごろからはキジュツバも始めました。この人がすごかったのは、ここからです。
**国語の授業がある日は塾を休みました。**その代わりにキジュツバをやる。1題やるだけで5、6時間かかる問題を、月に3題ほど解いています。
早稲アカの開成模試でも、国語で偏差値50以上を取れるようになりました。底のまま6年生になった子が、です。
日記は、心との対話でもありました
彼は日記に、こうなりたい、こうなりたくない、というイメージを書いて、自分に発破をかけていたそうです。お父さんの体験記にも、殴り書きの日記でストレスを解消していたようだ、とあります。
塾の先生からは、時間の無駄だからもっと問題を解いた方がいい、と言われたそうです。
それでも彼は続けました。自分の中では心との対話の時間で、不安やストレスを吐き出していたのだと思う——体験記にそう書いています。
私はこれでいいと思います。
お父さんは、生活のサポートに徹していました
お父さんの体験記も印象的でした。
成績が伸び悩んだ時期、息子さんは自分から話をしてくれなくなった。自分は生活のサポートしかしていなかったような気がする、と書かれています。
これ、実はそれでいいんです。
1から10まで親が把握するのが正義だと思っている方がいますが、そうとは限りません。君は勉強を頑張れ、生活はこちらがしっかり見るというスタンスに徹するのは、一つの正解です。
最悪なのは、あえて見ないことと、結果だけ見てキレることです。このお父さんは、家庭では結果だけでなく努力の過程を認めるよう心がけた、と書かれていました。教育虐待とは真逆の方でした。
結果は、第一志望には届きませんでした
彼は開成志望でした。
私の見立てでは、実力的に開成は少し難しいだろうと思っていました。本音を言えば、初日に海城を受けて確実に取ってほしかった。初日の海城なら、おそらく受かっていたと思います。
それでも彼には、どうしても開成を受けたいという思いがありました。受けなければ一生後悔する。それなら受ければいい、という話になりました。
結果、開成には届きませんでした。巣鴨と栄東に合格しています。
第一志望がだめでも第二志望に行ってハッピーになる。東京の中学受験では、よくあるパターンです。
本人は体験記の最後にこう書いています。結果は当初想定したものとは違っていた。でも3年間頑張った自分が好きだ、と。
彼が、作文指導の原点です
この子は、私にとって特別な生徒です。
私の指導がこんなに響かない人がいるのか、と思わされました。だからこそ作文に切り替えて、作文にこんな効果があるのかと発見できた。AIなるちゃんで作文指導をやっているのは、この子から学んだことを他の人に当ててみたら普遍的に通用した、という体験があるからです。
その最初のきっかけを作ってくれたのが、彼でした。
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