「物語も読ませたい」は親のエゴ!? 読書・作文・字の悩みに本家なるちゃんが回答
こんにちは、浜崎アカデミーのなるちゃんです。
私がやっている「AIなるちゃん」というAIがあります。これまでのYouTube動画や作文指導など、私のデータを読み込ませたAIで、教育の相談に乗ってくれます。私のAIなので、結構な確率で説教されるそうです。それでも「説教されるのが参考になっています」というお母さんや、「AIなるちゃんに相談したら本家に行けと言われたので来ました」と体験に来られた方もいます。今回は、そのAIなるちゃんに寄せられた質問に、約1年ぶりに本家の私が本気で答えてみました。前編では、読書・作文・字に関する4つの相談を取り上げます。
図鑑ばかり読む小3、物語も読ませるべき?
最初の相談は、「図鑑なら夢中で読むけれど、物語を勧めると数ページで閉じてしまう小3の子。好きな読書を続けてほしい一方、塾の文章が読めるようになるのか気になる」というものです。選択肢は「A:好きな分野の本で読む量を増やす」「B:短い物語も親子で読んでみる」で、聞きたいことは「本の種類を広げる時期は、何を見て決めますか」でした。
これはもうA一択です。「塾の文章が読めるようになるのか」という心配の裏には、点数を取らせることしか勉強だと思っていない親の我欲があります。図鑑に夢中になっているなら、しっかり考えながら読んでいるはずです。それは必ず後で生きてきます。
一番怖いのは、好きで図鑑を読んでいるのに親が「物語を読め」と矯正して、「もう何も読みたくない」とゲームや動画ばかりの子になってしまうことです。せっかく好きなことに脳が興奮して、知的好奇心の回路が回っているのですから、好きな分野の本を読ませてあげてください。「本の種類を広げる」という考え方もありますが、私の読書も政治経済や歴史に偏っています。基本的には好きなものを読めばいいのです。
数ページで本を閉じるのは、親の欲を拒絶しているからです。言葉にはできなくても、「受験でいい点を取って、親が気持ちよくなりたいだけでしょう」と感じているのかもしれません。最悪なのは、勉強を嫌いにさせることです。
付け加えるなら、図鑑から話を広げて、自分で書いてみる練習につなげるとよいでしょう。虫の図鑑なら「好きな虫ベスト5について書いてみる」というように、違う本を読ませるより、好きなもので読んだ内容をアウトプットさせるほうがいいと思います。
作文の書き出し、親はどこまで手伝っていい?
2つ目は、「本を読んだ後に感想を書こうとすると手が止まる小4の子。親が質問すると話せるのに、紙には一文しか書けない。手伝えば書けそうだが、親の作文にならないか気になる」という相談です。選択肢は「A:話したことを親子で整理してから書く」「B:まず本人だけで短く書いてもらう」で、聞きたいことは「書き出しを助けるとき、親はどこまで言葉を出してよいか」でした。こうした自制心を持っている親御さんは、いいですね。
私はどちらかというとA寄りです。「面白かった」と書いたなら、「何が面白かったの?」と聞いてみてください。面白かったからには、必ず何かがあります。
一番よくないのは、学校で強制される作文です。「この間の遠足について書こう」と言われ、面白くもないのに「面白かった」と書いている場合は、中身がないので何も出てきません。でも、本当に面白いと思って夢中でやったことなら、必ず何かしらの「面白い」があり、それが言語化できていないだけです。親が「どういうところが面白かったの?」「何をしたの?」と5W1Hの質問をして、内容を広げる手伝いをしてあげてよいと思います。
ただし、やりすぎると子どもは追い詰められた気持ちになり、親への感情的な反発心が先に立ちます。ちょっと広げる程度にまとめたほうがいいかもしれません。
日記が「楽しかった」で終わる、どこまで直す?
3つ目は、「小3の子の休日の日記が、出来事を順に並べて最後は『楽しかった』で終わる。親が細かく聞くほど長くなり、どこまで直すか悩む」という相談です。選択肢は「A:その日の出来事を詳しく書き足す」「B:一番伝えたい場面を選んで書き直す」で、聞きたいことは「日記を一段良くするために、最初は何を聞くか」でした。
これは全然Aでいいです。親が聞くほど長くなる、大いに結構です。日記帳からはみ出せばいいのです。たくさん書けば書くほど、国語力は伸びます。
Bのように、一番伝えたい場面を最初から選んで書けるわけがありません。作家だってたくさん書いて、消して、取捨選択してベストなものを出しています。まずは足し算を死ぬほどして、その後に研ぎ澄まして引き算をするのです。最初から引き算はできません。記述は、まず足し算です。
作文の内容と字の汚さ、どちらが先?
4つ目は、「小2の子が自分から短いお話を書いてくれた。内容は伝わるが、習った漢字を使わず読みにくい字もある。直す練習もしたいが、書く楽しさは残したい」という相談です。選択肢は「A:まず内容を聞き、字は別に練習する」「B:書いた文章の中で字も直して仕上げる」で、聞きたいことは「内容と文字の直しをどう分けるか」でした。
これは絶対にAです。そもそも、保護者の方が「うちの子は字が汚くて」と言う字は、たいてい大して汚くありません。字の綺麗さで加点されるフィギュアスケートをやっているわけではないのです。あまりに読めなければ×になりますが、少々汚いくらいなら、採点する人は読んでくれます。
図鑑の子と同じで、せっかく自分から書いてくれた芽を摘んではいけません。「よく書けたね」でいいのです。「この字はちょっと」と親のエゴを出すから、子どもがねじ曲がります。ちなみに私の字はとても汚いですが、それでも東大に行けました。
字の綺麗さを求めすぎるのは、過剰品質です。それを子どもに求めるのは、家の埃を細かく指摘してくる姑のようなものです。「少々埃があってもいいでしょう、共働きで毎日拭く暇なんてない」と思うのと同じで、子どもは「線が少し曲がっていても読めるでしょう」と思っています。
極論ですが、字は読めるかどうかギリギリでも東大の入試問題を解けるほど賢い子と、硬筆のグランプリを取れるほど字は綺麗でも、書く内容が何も浮かばない子。この二人なら、どちらに育てたいですか。それでも字を取るなら止めませんが、私は字の綺麗さはそこまで大したものではないと思います。平安時代なら字の綺麗さで評価が分かれたでしょうが、今はそういう時代ではありません。まず内容が先です。
後編では、読解問題の解き直しと、選択肢の二択で迷う子についての相談にお答えしています。
